秋の お彼岸
2022/09/20
お彼岸(秋 彼岸入り9月20日~彼岸明け9月26日)
ちょっと小話(※世間話的な要素で作成していますので、色々な話をしたいと思います。何か間違いなどありましたらご容赦ください。)
お彼岸の語源は、サンスクリット語の「paramita(パーラミタ)」で、日本における音写語(外来語を他の言語を使って書き写した言葉)は「波羅蜜多(はらみた)」で、漢訳すると「至彼岸(とうひがん)」となり「彼岸に至る」という意味を持ちます。
日本の仏教では「此岸(しがん)」と「彼岸(ひがん)」という概念があり言葉自体はそれぞれ「こちらの岸」「向こうの岸」という意味ですが、仏教においては以下の意味合いがあるそうです。
●此岸(しがん):こちらの岸。沃野煩悩にまみれた世界(この世)
●彼岸(ひがん):向こう岸。仏の住む お浄土の世界(悟りの世界)
※この此岸と彼岸の間に流れる川のことが「三途の川(さんずのかわ)」です。
つまり「彼岸」という言葉は、最終的に「悟りの世界へ辿り着く」という意味のようです。
「お彼岸」は「春彼岸」と「秋彼岸」の年2回、春分の日と秋分の日の前後3日を併せた7日間のことで、お彼岸の初日を「彼岸入り」、春分の日と秋分の日を「彼岸の中日」、7日間の最終日を「彼岸明け」と言います。
春分の日と秋分の日は国民の祝日で、春分の日は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」、秋分の日は「先祖をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」と定められています。
また春分の日と秋分の日は昼と夜の長さがほとんど同じで、太陽が真西の方角へ沈みます。
仏教の考え方では、西にあの世が存在する場所があるとされていて、春分の日と秋分の日は、あの世と最も距離が近くなる日と考えられていました。
お彼岸は仏教行事の1つですが、日本特有の行事のようで古来より農作が盛んであった日本では仏教伝来以前から、作物を育てる太陽と私達を守ってくださる祖先神への感謝を基本とした太陽信仰と仏教の教えが結びつき、お彼岸は大切な行事となったそうです。
お彼岸には、仏壇や墓石を掃除して墓参りをする他、お寺さんとの付き合いがある方は「彼岸会(ひがんえ)」と呼ばれる法要に参加します。
日本最古のお彼岸は、平安初期に行われた、無実の罪を訴えて死去した早良親王(さわらしんのう。垣武天皇の弟)の怨霊を鎮めるための祈りの行事だとされています。
「日本後記(にほんこうき)」には、延歴二十五(806)年に朝廷の太制官から全国の国分寺に対して、早良親王のために春分・秋分を中心とする7日間にわたってお経を読むように命じたとの記述があります。
これは「彼岸会」と呼ばれ、これ以降は「源氏物語」をはじめとして平安時代の代表的な作品の中にも、お彼岸の記述が見られるようになり江戸時代にかけて年中行事として民衆に定着したとされています。
お彼岸のお供え物は、春は「ぼたもち」秋は「おはぎ」を、お供えすることが一般的です。
「ぼたもち」は春に咲く牡丹の花にちなんで、「おはぎ」は秋に咲く萩の花にちなんで名付けられていますが季節によって呼び名がかわりますが同じものです。
小豆の赤い色は、めでたい色と考えられていて、秋は小豆の収穫時期であり皮も柔らかいので粒あんでおはぎを作り、春まで保存していた小豆は皮が固くなるため、こしあんにしてぼたもちを作ります。
神様にお供えしたものを自分達も食べて神仏の力を体内に取り込むという意味が込められていますので、ぼたもちやおはぎは、お供えした後に美味しくいただきましょう。
お彼岸は、先祖や故人に思いを馳せることができる貴重な機会です。
春彼岸も秋彼岸も基本的な準備は変わりませんが、お供え物や花を季節に合わせる必要があります。
「暑さ寒さも彼岸まで」というように年2回あるお彼岸は、1年の中でも季節的にも穏やかな時期です。
これまであまりお彼岸に参加したことがない方も、ぜひ家族でお墓参りに行ってみてはどうでしょうか。
お墓参りをする際には日ごろの感謝も込めて、墓石をたわしで磨く他、墓石周辺の掃除を忘れずにしたいですね。